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guest talk "bicara bicara"

bicara bicara(ビチャラ ビチャラ)とは、インドネシア語で
「おしゃべり」のこと。
このコーナーでは毎回ゲストを迎え
モンスーン・ニッポン・プロジェクトについて自由に語り合います。

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人間の体や動き、生理の面から衣服の快適性や機能性を研究し続けている、
文化女子大学教授の田村照子さん。
田村さんが蒸し暑い夏にスーツ姿で働く日本のサラリーマンの装いに
疑問を持ったのは、今から約二十年も前のことだったとか。
気候風土に根ざしたアジアの、
そして日本の服飾文化とはどのようなものなのか? 
欧米化された現代の日本の生活様式の中で、
人間にも環境にも優しい暮らしをするために、
これから私たちはどんな衣服を選べばいいのか?  
さまざまな疑問を胸に、東京・新宿のキャンパスに田村さんを訪ねてみました。
気候風土と密接な関係があるアジアの服飾文化
人間の衣服とその土地の気候風土はとても密着しています。一方、衣服は一人ひとりの人間が自己表現をするための最も簡単でインパクトのある方法ですし、同時に衣服にはその時代の社会規範が強く反映されてきます。こんな風に衣文化とは、気候だけでなく歴史、文化、政治などいろいろな影響を受けながら変化していくものなのです。
各国の民族服も時代と共に変化してきたわけですが、現在、民族服として代表されるものの多くは、機械文明がまだ十分発達しておらず、衣服が西欧化、植民地化、工業生産化などの波を受ける前の、19世紀末から20世紀始めのスタイルを指すことが多いようです。アジア全域を眺めてみると、気候風土に対応した多様な民族服が存在します。
たとえば、乾燥気候帯での遊牧生活を中心とする西アジアでは、動きやすくゆったりとした貫頭型の衣服が好まれます。腰ではゆとりの多いパンツの裾が極端に窄まっているのはサソリなどの侵入を防ぐためなんですよ。一方、南アジアに属するインドではサリーなど一枚の布を巻きつける衣服が発達しています。布にハサミを入れるのをよしとしないヒンドゥー教の影響なのですが、一方で風が通りやすくてゆったりとして体を締め付けないため、汗をかいてもすぐに蒸発する衣服といえます。タイやインドネシアなどの東南アジアでは、高温多湿の気候風土のために体の熱が放散されやすい簡素な布状または筒状の腰巻衣が基本。素材は綿や麻などが多く、多彩な染色技法が特徴ですね。そして温帯に属する東アジアでは季節変化が大きいので、季節によって単、袷、綿入れなど衣服を調節するのが特徴です。と言っても、前開き型で同じ形をしているので重ね着で調節することができますし、胸元を開けたり襟を抜くことで、風の通りやすさを変えることもできるんです。
こんな風にアジアの服飾文化は気候風土と深く関係しています。ところが現在はアジア各国で洋装化が進んでいます。20世紀にはいってからの急激な機械文明の進展、それに伴う社会・生活環境の欧米化の中で、洋服の機能性が好まれたということもありますし、洋服そのものが世界の社会規範化したことが最大の理由ではないでしょうか。でも本当はそれぞれの土地の気候に合った素材と形の衣服を選んだ方が、着心地もいいでしょうし、エネルギー消費も少なくなるのは確かだと思います。

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色鮮やかな民族衣装を着た人形に見事な刺繍が施されたタペストリー。研究室にはアジアの服飾文化の豊かさを感じさせるものがさりげなく飾られています。
着心地のよい衣服の条件とは
 人間はアフリカのサバンナ気候下で生まれたと言われているのをご存知ですか? 人類がサルからヒトに進化した時代は、気温が今の地球より10℃ぐらい高かったそうです。人類は進化の課程で体毛を失い、さらに体温が上がるのを防ぐために蒸散作用のある汗を出す発汗機構を発達させたと言われています。なので、人間は本来暑さに強い動物なんです。ただし湿度さえ低ければ、という条件付きですが。
人間が裸でいて快適な温度は、28-30℃。それが「裸のニュートラルゾーン」と呼ばれています。つまり、夏には本当は衣服は要らない。強い日射がなければ裸が一番なんです。その証拠に小さな子どもってお風呂上りに裸のまま走り回るのが大好きでしょう? その状態が生物的に一番気持ちいいからなんですよ。だけど、現代人はそう言ってもいられません。となると文化的なレベルで、いかに裸に近い状態に体温調節ができるか? それが着心地のよさにもつながってきます。
 皆さんもご存知のとおり、日本の気候は、冬は寒く、夏は暑くてしかも湿度が高いというのが特徴です。よく日本の住居を考えるときに「住まいは夏を旨とすべし」いう吉田兼好の言葉が使われますが、私は衣服も「夏を旨とすべし」ではないかと思っています。実は高温多湿ほど人間の体にとって厄介なものはありません。高温でも低湿なら、発汗機能のある人間はそれほど不快に感じません。体温が上がりそうになると体から出る汗が蒸発し、体温の上昇を防いでくれるから。ところが高温多湿の状態では、体を冷やそうとして出した汗の行き場がない。つまり、この汗をどう有効に使うか? が一番の問題になってきます。日本の衣服、特に夏に着心地のいい衣服の条件としては、空気や水分を通しやすく、なるべく蒸発を促進するものが望ましい。つまり素材としては「通気性」や「透湿性」「吸水性」のいい素材を使って、形としては襟元や袖口から風が通り抜けていくような緩やかな形が理想的です。通気性がよく風が通り抜ける緩やかな衣服。その条件を満たしていたのが、まさに日本の民族服、着物なんです。

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科学的アプローチから人間と衣服の関係を研究し続けている田村さん。実験室には人間と等身大のマネキンたちが何体もぶら下がっています。「体温の変化や汗の出方がわかるように作られているので、いろんな調査や実験に大活躍。私たちは『文化女子大マネキンファミリー』って呼んでいるの(笑)」。
高温多湿な日本に適した衣服が「着物」
 現在私たちが目にする着物はとても美しいですけれど、幅の広い帯を胸の高い位置で締め上げているためとても通気性がいいとはいえません。でも今のような外出着、礼装用としての着つけが着物の主流になったのはごく最近のことなんです。
ほかのアジアの国々の民族服と同じように、日本の着物も社会との関係で大きく変化してきました。現在の着物のルーツは平安時代に下着として着られていた小袖にさかのぼります。平安時代には下着だった小袖が室町時代になると表着として着られるようになり、小袖文化が定着してきます。江戸初期の小袖は、身幅が広く丈は対丈、袖は幅が狭く袂は丸く袖口が細く、帯幅の5cmから18cmと細いものでした。その後、織物産業の発達と共に華美になり、着丈が長く、袖幅・袖丈も長く帯び幅は35cmに達する広いものに変化します。小袖文化の流行は女性たちが美しさを競い合う遊郭や歌舞伎の世界で生み出され、大奥での身分規定が武士階級の規範となってゆきます。
 でも、本来の日本の気候風土に合った着心地のいい民族服は何か? と考えるとき、私は桃山時代の小袖文化ではないかと思います。江戸時代の浮世絵師・菱川師宣が描いた「見返り美人」は元禄小袖で、桃山小袖とは違いますが、小袖をからだに巻いて細い腰帯でとめた緩やかな着付けの着物姿のイメージです。江戸時代の庶民は日常着物を今よりだらしなく、ゆったりと着ていたようです。浮世絵でも襟元をゆるく合わせ、衿を抜いて着ている庶民の姿が描かれています。きっと「暑いねぇ?」なんて言いながら、団扇で襟元や袖口・身八つ口に風を入れたり、片肌脱いだり、前合わせも緩やかにしていたんでしょう。着物の文化として忘れてならないのは、季節に応じた衣替えの習慣です。合服は合わせ、夏服は絹の単、盛夏には麻の帷子と規定されていました。現在でも着物の生地は、洋服の生地と比べて通気性の幅が圧倒的に大きく、特にからみ織りの紗や絽など夏用の和服地は糸間の隙間が大きく、通気性がいい。麻の生地は硬くはりがあるので肌離れがいい。そうすると、皮膚と衣服の間に空気層が生まれ、襟元や袖口からすーっと風が抜けていきます。実は日本には、絹や綿が入ってくる以前から麻の衣文化があったんですよね。通気性のいい生地の着物を、ゆったりと風が通るように着付けして、昔の人たちは高温多湿の日本の夏を乗り切っていたのだと思います。
 では何故現在、着物がそのよさを失ったままになってしまったのか?それは明治までに出来上がった着物文化がそのまま進化を止めてしまったからではないかと思うんです。明治以降特に戦後、一気に洋装化の波が押し寄せたため、着物は表象性だけが強化された形で継承された。その結果、今ではもっぱら儀式などに着られる高価な民族衣装になり、日常に着られる素材や形・着付け方が失われてしまった。もちろん、現代の着物はとても美しいけれど、このままでは博物館行きになってしまうのではないか。もし、明治以降も日常の着物文化が進化し続けていたら、今の生活様式にも合うデザインや着方に変化していったんじゃないか? と思うのですが。できればもう一度時計の針を巻き戻して、着物文化の進化をやり直したいくらいです。
着物って通気性の良さもありますが、人によっていろんな着方ができるのがいいところ。サイズのカバー率がすごく大きいので、ある程度の範囲であればおはしよりを調節することで小さい人と大きい人が同じ着物を着ることもできます。それに直線裁ちのデザインなので仕立て直しやリサイクルがしやすいのも今日的でしょう? 形が流行に流されないからいいものは代々伝えていくこともできます。私ももう少ししたら、一生着るつもりで上質の麻の着物が1枚欲しいなぁと思います。手間のかかる麻の着物は高価ですが、エコロジカルなことを考えると、多少高価でも一生ものを大事に着る。そんなスローライフを送りたいなぁと思います。


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洋服を買うときは何よりも着心地を重視。この日、田村さんが着ていたワンピースの素材はインドネシア製のコットン。通気性が抜群でシルクのような光沢と和風のデザインが気に入っているそうです。その上にふわりと羽織っている黒の上着はシルクの縮緬素材。「10年着続けているお気に入りです」。
21世紀にふさわしい衣服の提案を
今の世の中を考えてみると、気候風土に合う快適な衣服を選ぶというよりも、社会の中でどう見られるか? という社会規範を第一に選んでいる人が圧倒的に多いですよね。その象徴が真夏の蒸し暑い時期にも革靴にネクタイというスーツ姿で働いているサラリーマンじゃないでしょうか? そもそもスーツは、低温低湿な気候帯にあるヨーロッパで誕生した衣服。冬はいいとして、高温多湿な日本の夏には決して着心地のいいものではないはず。それを無理して着続けているのは、やっぱりどこかおかしいですよね。
そんな世の中の流れを変えようと2005年に政府が提唱し始めたのが「クール・ビズ」です。その後の調査ではネクタイの着用率が減っていたり、オフィスの環境温度が上がっていたりと、少しずつ日本の社会も変化してきています。まぁ、地球環境問題が待ったなし、という状況であることも大きいでしょうね。いろんな意見はあると思いますが、「クール・ビズ」がなかったら、日本のサラリーマンたちが上着を脱ぎ、ノーネクタイで失礼ということはなかったはず。それまでの価値観にゆさぶりをかけた意義はあったと思います。まぁ、これからどうするか? というのが大きな課題ではありますけどね。
ある国際学会で「クール・ビズ」の話をしたところ、カナダとオーストラリアの研究者が飛んできて「素晴らしい!」と言うんです。彼らはその直前に、寒い環境に対してエネルギー消費をどう抑えるか、という議題で会議を開いていたとのこと。その会議では家のつくりや空調で快適性を調節することばかりを議論してきて、衣服で対応しようという発想が全くなかったというのです。「クール・ビズの発想を応用して私達もウォーム・ビズを考えます」と言うのを聞いて、そうか、こんな風に日本から気候と衣服に関する情報を発信していくのもいいことだなぁと感じました。
 私は「クール・ビズ」のような発想の転換も、無理をしてやるのではなくて、かっこよく楽しんでやることが長く続けるためには必要だと思います。そのためには気候に合った衣服でありながら、私たちが思わず着たくなるような、カッコイイデザインの提案が必要です。気候に合う素材を吟味して、いいデザインを提案する人がいれば、絶対うけると思います。そんなデザイナーに早く出てきてもらいたいですね。

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たむら・てるこ Teruko Tamura
文化女子大学教授。文化女子大学大学院生活環境学研究科科長、文化・衣環境学研究所所長を兼任。お茶の水女子大学大学院修士課程終了。順天堂大学解剖学教室助手を経て1986年から文化女子大学で教鞭をとる。東京医科歯科大学で博士号を取得。専攻は、大学院生活環境学研究科、衣環境生理・形態論、被服人間工学等担当。着心地に関する一連の研究で衣服振興会論文賞、日本家政学会賞、繊維製品消費科学会賞などを受賞。著書は『衣環境の科学』(建帛社)、共著に『アジアの風土と服飾文化』(放送大学教育振興会)、『着ごこちの追究』(放送大学教育振興会)などがある。